2019年度全国農業新聞連載「戦略論の裏の裏側」Ⅰ

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★クラウゼヴィッツにモルトケ?
★戦略論の背景を赤裸々に


★地域農業をテーマにした戦略論の講演で地方に出かけると、ときおり困った場面に出くわすことがある。
★それは、講演の最中にも関わらず、聴取者の中の一人が、戦略論の手順を話す筆者の言葉をさえぎって突然、大声でこんなことを言い出すような時だ。

「…戦略なんて、若い頃にクラウゼヴィッツとかモルトケでさんざん勉強したんだ。いまさら勉強しても仕方がないだろう…」

★そうした発言をする人はなぜか共通点がある――60~70年代に著名大学に在籍し、マルクスやケインズの経済学に精通。当時流行していた戦争論も読み漁ったようで、地方の農業界にあっては異端児ともいえるほどのインテり――。
★なるほど、若い頃に教養を培うのはおおいにけっこうだ。しかし、講演が粛々と進む中、勝手な発言で横やりを入れるような行為は迷惑千万だ。

★…いや、それ以上に今この場で、クラウゼヴィッツやモルトケの戦争論(もしくは戦争哲学)を論じられること――に閉口し、困惑するのである。
★彼らが活躍したのは19世紀のこと。戦争論はその後、世界各国の専門家によって進化し、戦争の直接・間接的要因だけでなく、政治・国民・倫理・経済・文化・社会、さらには心理学も含めて極めて多面的に考察されるようになった。

★そうした系譜があることを知ってか知らずか、唐突にも、化石のような古典的戦争論を持ち出すのは、時代錯誤も甚だしく、ましてや筆者が話す戦略論と、そうした高名な戦争論とを一緒くたにすること自体、「大きな勘違い」と言うしかない。
★筆者の戦略論とは、農業者や地域農業が今後に取り組むべき作戦段階や将来に掲げるべき戦略目標を明確化して、フロー図に描いていく――そのための手順を示した方法論である。

★だが、1時間程度の講演では手順の説明だけで終わることが多く、当然、別個に掲げる作戦や戦略目標の背景に存在する、必然的な論理を述べる暇もない。
★否応なし、戦略という言葉だけが独り歩きして高名な戦争論と混同され、例のような発言も飛び出てくるのかもしれないし――。それに、ホンネを言うならば、筆者の戦略論とは、その背景にある必然的な論理や条件を、すべてクリアしない限り、実現不可能な戦略論であることも事実である。

★そこで今年度の連載では、ふだんの講演などでは説明しきれない、背景にある必然的な論理や条件を、戦略フローに沿って説明することにした。
★題して「戦略論のウラの裏側」――裏に潜む特殊事情をあえて表に出して、赤裸々にする戦略論である。



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